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あったこと、感じたこと、考えたこと

ここはどこ、私は誰。君は何、僕はどこにいくの。あるいは全ては実用の為に。

初学年者の心得、あるいは諸学年者への提言

 

 

そろそろ春が訪れようとしていますね。まだまだ寒い日が続いていますが、ちょっとづつ、春の香りがしてきたように思います。

 

新しい環境に身を置く人も多いと思います。当然その新しい環境に関する不安等も大きいはずです。なので今回は新しい環境に身を置く人の指針と成るような考え方を2つ紹介しようと思います。

 

①目的意識

②役割意識

 

①目的意識

目的意識は、「目的」を自分の達すべき最たるものと認識し、そのように行為する為の考え方です。別のいい方をすれば、自分と、短期なり長期なりの「目的」を統合するための考え方といってもいいと思います。

新しい環境に身を置くのであれば、当然それ相応の仕事の成果を期待されるわけです。その時に邪魔になるのはいらないプライド、失敗したら評価が落ちるのではないかという自意識、自分は無能なのではないかという疑念をすっぱり消し去る必要性があります。それを消し去るのに役に立つのは目的意識。何が「この場合のゴールで」「その為には何をどのようにすればいいのか」を粛々とこなす態度。それを行う機械に徹する。もちろんそこに感情が含まれてもいいです。だけど、それはその「目的」を達する事を欲する執念のようなもであってほしい。楽しい、嬉しいを基調とした感情群ではないことには留意してほしい。仕事は本来「他者のもの」を作る為のものですから。僕らが楽しむ為のもではないですから。で、それを達成するには、その「目的意識」を支えるその背後に潜む「究極の目的意識」が必要となる。それは、自分自身で探すしかない人生の目的です。目的の為には目的が必要。それを探すのが人生。究極には虚無が待ち構えていそうだけど、それと折り合いをつけるのも、人生。

 

②役割意識

役割は、「周りに期待されるものであり、自分で規定されるもの」という定義を自分の中で持っている。周りに期待されるとは、例えばマネージャーであれば、チームの人員のメンタルをしっかり把握しつつプロジェクトを進めて欲しいとか、新人ならとにかく頑張って早く戦力として使えるようになって欲しいとか、そういった、「周りから求められているもの」として、一面が規定される。これは質的な話である。

そしてその反面、「役割は自分で規定する」という側面を持つ。これは、量的な話であり、先の話とは相補的な関係にある。つまり、「周りからの期待という器の中に、どれほどの量を注ぐか(自己規定)」というのが役割意識の実態だ。

 

おわり。